2003 OP級アジア選手権大会 サブページ

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レースの最終日が始まりました。
選手には、綿密に、最後の潮と風を直前ミーティングで打ち合わせです。
ママたちは、屋根つき観覧艇に乗りました。レースを目の当たりにし、何人かの選手については、いったい6日間も、同じ海面で、同じ風向、同じ潮でおまけに同じメンバーでやってきた結果の戦略がこれかと思うと、イライラが最高潮に達し、見なきゃ良かった、と後悔ひとしきりです。負け惜しみですが、日本の選手は、入賞した選手が35kgくらいだったのに比べ、45kg〜60kgの選手であった事に比べて、健闘はしましたが、負けたのは体重のせいだけではないと思います。ずっと同じコンディションである、この海面を説明しつづけたのに、ちっともその通りやろうとしない選手に苛立っていたコーチと監督の気持ちがわかりました。
最終日、最初のレースで思う位置につけず、最後のレースを投げた選手、後悔してないのかな〜。がんばったけれど、今一歩だった選手、本当にお疲れ様でした。結局日本は惜しいところで、入賞は果たせませんでした。
日本以外の国は、殆どの選手が来週のアジアン・セーリング大会に残ります。日本の選手の活躍を期待したいと思います。

最後の写真は、閉会式の前に、レースごとの3位までの入賞者に、次の開催地である日本を代表して田中監督がプレゼンターを勤めているところです。
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レースも終わり、最後のフリーデーのはずが、午前中は、舟を返す作業にもう一度、シー・カデット・コルプスに行きました。もう、次のアジアン・セーリング大会の準備ができており、りっぱな門が出来上がっています。ホテルでは、専用のヘルプデスクも開設されました。
次のOPチーム、横田君と石原君と朝食を一緒に食べました。とても不安そうです。古谷萌海ちゃんとハグハグしました。広島の田村愛子ちゃんと一緒です。スーパーからの水のデリバリーの仕方やら、お薬の説明やらをし、余った日本食を渡しました。夜は、470の選手も加わって、鈴木明日美ちゃんや後藤サキちゃんと海面をじっくり説明しました。
午後はとうとうショッピング!
この街には、観光客には定価はないのです。建物の中に入っている、現地の人向けの店は、定価ですが、タクシーさえも、交渉次第。もちろん、私たちは、露天商と、あーでもない、こーでもないとバーゲン、バーゲン。実に楽しみました。
森本パパは太鼓をゲット。オークリーとしてオーケーと書かれたサングラスが売られており、男の子たちの人気の的です。美紗は現地の人の発音で言う赤い「バルバリ(バーバリー)」のバッグに首っ丈です。
オベロイは伝統的なタージ・マハル・ホテルに対して、アメリカ的な美しさの最高級ホテルで、ビジネス街の中心にあります。こんなに清潔なインドもあるのかと、ロビーで寛いでいる様子を写しました。露天とは違って埃っぽくなく、美しい建物の中でのお買い物に、樋口ママのテンションは俄然上がります。
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閉会式は、夜、7:45から行われました。
選手は前の方につめて座り、大使館の方やら、スポンサーのダッケンデールの山田さん(東京からの出席です)やら、偉そうな方々が沢山列席していらっしゃいました。みなさん、イギリス式に盛装なさり、女性はサリー姿です。男性のターバンは色により、その人のカーストが識別できるのだそうです。赤のターバンはシン大佐。
IODAの副会長で、超背の高いデビット・ブースのスピーチもありました。彼は南アフリカからの出席で、この後、南アフリカの空港から自宅まで200kgを
運転してかえるのだそうです。
とってもシリアスなイタリア人ジュリーのジョルジオは、この大会のボート対ボートの抗議が3件しか無かった事を良かったと評していました。ヨーロッパ選手権は何と104件も、プロテストがあったそうです。42条違反の笛を1艇に対して吹いたところ、3艇が回ったというエピソードも話していました。OPセーラーの400人に一人はオリンピック選手になり、ラッセル・クーツ等もかつてはOPセーラーだった話をしました。

1週間はためいた、OP旗は次の開催地日本にわたされましたが、ここでちょっとハプニングがありました。ずっと風に煽られて、旗の紐がぐるぐる巻きになっていて、なかなか旗が降りなかったのです。「日本に行きたくないんじゃない?」という声も聞こえ、ちょっとムッとしました。

閉会式のあとは、インド飯です。おいしいよ〜。今日は、スイーツまでインド料理です。テーブルは、金と赤でコーディネートしてあり、いかにもインドです。APシン大佐に、右手しか使わない正しいインド料理の食べ方をご教授いただきました。次にきた時には、インド文化をじっくり身につけるために自宅に泊めてやるから、連絡しなさいと言ってくれました。

日本チームは大人も子供も、各国のチームとかなり仲良くなりました。
日本チームのアドバイザー、京都の秋山福夫さんのアジアでの知名度は絶大で、ブラザーな仲の主催者ラビさんは、よく面倒を見てくださいました。スリランカチームの監督は、秋山さんのご子息と一緒にセーリングをされたそうです。
子供たちは、ホテルでカップラーメン・パーティをしました。光晴は、女の子へのお花のあげかたについて、夜中の2時まで、プレイ・ボーヤのパキスタン・チームにお説教をされました。
残念なのは、中国チームは言葉ができない事を理由に、交流しようとしなかったことです。確かに言葉ではないのですが、マレーシア、シンガポール、インドネシア、インドの子供達は最低3ヶ国語は話せるという事実に改めて驚きました。英語の教育は幼稚園からですって。日本も負けてはいられません。



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写真はチームレースの様子と屋根のないコーチボートでの正しい日よけの仕方です。楽しい感じの2階建てのタグボートチックな観光船は観覧艇です。
みんなで腹ごしらえをしてから、ニューイヤー・パーティーに出かけました。陸番をしていると、シーカデットの方々が気を遣ってショッピングでもしたら、と声をかけるので、光晴パパとママたちは、オベロイタワーにショッピングです。オベロイはビジネス街にあり、やっと、西洋風の清潔なショッピングを楽しむ事ができました。でも、地元の人によると、金持ちが買い物するところなのだそうです。CCIEが定価で一番安いから、行ってみろとアドバイスをいただいたので、子供たちの最終日のために、下見します。
それぞれの参加国の人たちとお友達になりました。すばらしいパーティーだったのです。こんなに素敵なパーティーを日本はできるでしょうか。お金ではないのです。ホスピタリティーの問題なのです。
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美紗、サリーを着ました。
こちらの人は、顔が白く見えるということが、美しさの基準のらしく、このダークなサリーは今一似あいません。6メートルもある布をぐるぐる巻きにするので、サリーは断念いたしました。

それから、ゴージャスなタイ料理店の様子。暗くて、きれいに見えるかな〜?最後のバナナの葉っぱの上に乗ってきたアイスクリームは感激でした。
ジャパンのミサとマレーシアのニサ。覚え易い。
王子様系パキスタン・チームとミサ。ウズベキ・チームとみさ。美紗モテモテです。

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昨日のパーティーで実に仲良くなった日本チームは朝からリンボー・ダンスです。その後は縄跳び大会。レースの前につかれますよ〜。
昨日のチームレースは惜しくも4位でした。中国チームには勝ったものの、マレーシアとインドAに負けてしまいました。惜敗です。
今日は、個人戦に戻りましたが、コーチは今更もう、何も言うことはありません。ジュリーは体の大きなパンピングする選手を狙い撃ちしている感じがあります。中国112とシンガポール369は光っています。

ママたちは今日もお買い物。インド門に行くと本当にいやです。ちょっとばかりタクシーで止まっていても、物乞いが寄ってきます。女性に抱かれた赤ちゃんは明らかに薬物でも投与した感ありで、目の焦点がなく、見ただけで、怒りが込み上げてきます。でも、インド門前のタージ・マハル・ホテルはご覧のように、ゴージャスで素晴らしいラグジュアリーなホテルです。Tシャツにジーンズで申し訳ございません。

もう一つの事件は、6日からのアジアン・セーリングについて、日本とインドの連絡がうまくいってなかったらしく、私たちのところに問い合わせがあり、大慌てで、高橋君のパパまで巻き込んでしまいました。夜中にこのムンバイ空港にたどり着いて、お迎えがないなんて、考えただけでも、あな恐ろしいや。主催者側とのコンタクトもでき、お迎えのアレンジはできた模様です。ほっ。

第2の事件は美紗のもてもて事件です。きのうは、薔薇の花とミサンガ、今日は何とハートのケーキとミサンガのプレゼントがお部屋の前においてありました。差出人が誰だか分かりません。もてる女はつらいよ。

パパたちは、第7レースまでの結果がでたので、2カットしてみたり、エクセルとお友達です。日本チームは25位までに入ってますが、入賞はきびしい状況です。



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12/31 レポート1
チームレースが始まりました。
日本は中国と一緒にDブロックです。きょうはプラクティスで明日が本番です。光晴、美紗、閲昌、達也で行くことになりました。負ける相手ではないのに、負けてしまいました。スピードでは勝っているので、作戦を変えていきます。ところで、いつの間にか、第1レースのDSQが消えています。何のアナウンスもないんですけど、どうなってるの?英語の問題ではありません。本当に、当日勝手に変わってしまうのです。国際レースって、いつもこう?
ところで、道に引いてある白線は、こちらでは、人力で刷毛と型板を使って引いています。日本人だったら、せめて、ローラーでやると思うけど。ハーバーのスロープのコケもシーカデットの人達が終日、束子でとってくれています。全てが人力です。日本人とは、発想の根本が違うように思います。
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横浜ジュニアのレナ。
去年、仲良くなった、パキスタンチームのお坊ちゃま達は、今年も来ていましたよ。レナのこと、覚えていました。振られたと、言っていました。王子様系のパキスタンチームとも友達になりました。レースも3日目にはいり、お友達の輪がひろがります。
マレーシア・チームのギンギラの方は、チーム・スポンサーの様でランカウイを宣伝しています。女の子2人が譲にまとわり付いています。お握りをいっしょに食べました。「おいしい」と言っています。「嫁にして」という日本語も覚えました。
おとなしいインドネシア・チームで横浜市民の矢野君発見。それから、インドの初日の出を送ります。ホテルの部屋からとりました。

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事件です。
リザルトで中国がウイナーになっています。監督が今日が本番だと言ったではないかとバトルをしてくださり、やっとレースに出れました。レース・コミッティ以外の国は中国も含め、もう1回やろうよ、と言ってくれていました。よかった〜。
この中国には勝ったのですが、そこで燃料切れか、結果は勝っていたのに、OCSで負けてしまった事もあり、4位になってしまいました。実はみんな、マレーシア、シンガポール、中国が個人戦で良い成績を収めていたので、日本が中国に勝つなんて思ってもみなかったらしい。失礼な!

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ニューイヤーパーティーのテーマはカラー・オブ・アジアです。
各国が民族衣装とチームの衣装で集まりました。もちろん、民族衣装で揃えたジャパン・チームは多いに受けました。インド舞踊の披露のあと、みんなでインド音楽(カシミールのロック)をバックにディスコ・タイム。シー・カデットの若者たちは、のりが良いのです。
参加賞をいただいて、個人戦の各レース3位までの表彰をしました。マレーシア、シンガポール、中国が独占です。
各国紹介で日本はハッピの説明をして、日本チャチャチャをしました。集合写真をとったあと、お食事タイム。
今日は、自分のチームの人で固まるのは禁止です。少なくとも2人は友人を作ることにしました。マハラジャの様子な方は、陸軍カーネルですが、気さくに接してくださいました。2mの大男のOP協会副会長のデビッド・ブースは南アフリカの民族衣装です。


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今日は、個人レース2日目でした。
本当に慎重に出艇しました。SIを厳しく守り、D旗が揚がるまで、トローリーに舟を載せることも慎みました。昨日、本当に日本チームは同じ件で危ういところだったのですが、ラビさんが寸でのところで、助けてくださったのです。琵琶湖の秋山さんとの友情のおかげです。
今日は、日本チームはおにぎりの弁当持参で、出かけました。やっぱ、レースには海苔のおにぎりと日本茶でしょ。ホテルの部屋にはティファールの湯沸しポットが付いていて、「さとうのごはん」の戻し方もばっちし。
もちろん、本日も軽風でしたが、閲昌が調子良く走っています。美紗はコーチお気に入りの中国美人ルルに負けてしまったと泣いていました。達也は第2レースで4番を取りましたが、第一レースはブラックにかかってOCS。光晴は第3レースでパンピングを取られて、720度回転で解消しました。佑輔には、実に、もっと風を。あした、梅干の種、捨てときます。インドでも利くのかな?
ここの海面は、関東地方の方にとっては、若洲。関西地方の方にとっては、宮島。壇ノ浦の合戦です。テーマは「潮」。軽風でチビッコ軍団マレーシアとシンガポールは強い強い。マレーシア・コーチは3原色のウェアで「きのうは、みんなトップ10にいたのを忘れるな!」と発破をかけて出しました。韓国のコーチはミーティング大好きで、すき在らばミーティングをしています。

さて、きょうの写真は、ジャワハールのブッフェの様子。水とジュース販売の様子。延縄漁のような、フィニッシュの様子。熊川父さん発見!?香港のコーチだっけ。日々みんな黒くなるので、だんだん見分けが付かなくなってきます。帰りに、楽隊が演奏で迎えてくださいました。美しい大会入り口。それから、この不思議な木と実は、シー・バック・ソーンと言います。その実は南国フルーツ・ミックス・ジュースのような、実に美味しいジュースになります。朝食ブッフェの楽しみの一つです。


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チーム・リーダーズ・ミーティングがありました。
結局、隣の海軍基地から借りてきた、木製の大きなカッターボートをシェアすることになりました。全部で6艇しかないので、日本チームはウズベキスタンとシェアです。インドBもと言われたのですが、「Noと言える日本人」になりました。一艇のみが3チームのシェアボートになります。
@中国・台湾
A香港・インドA
Bインドネシア・スリランカ
Cマレーシア・パキスタン・インドB
D日本・ウズベキスタン
Eシンガポール・韓国
が乗り合います。コーチ1人ずつしか乗れません。でも、海上では、レース開始からその日の全レース終了まで、コンタクトしてはいけないという修正がだされたので、言葉さえ通じれば、多いほうが楽しいかも?!監督・サポーターで乗りたい人は、その他の舟に全員相乗りです。

練習レースがありました。シンガポールやマレーシアが強敵になりそうかな、という印象です。美紗が9位にはいりました。
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練習レースのあと、開会式がありました。
場所はレースと同じハーバーに隣接するジャワハール(ルは巻き舌の発音です)のアッパー・デッキです。昼は暑くて灼熱地獄ですが、夜は涼やかで実に気持ちがよかったです。すてきな招待状をいただき、各国がその国の衣装か、ジャケットとネクタイ、もしくはディナー・ジャケット(日本で言うタキシード)でお越しください。と書かれていました。フォーマルな催しです。公式ページにも各国チームの写真が載っています。
インド海軍の副提督、ラビさん、IODAの副会長のお話がありました。シー・カデット・コルプスは、私立ながら、ラビさんのお父様の時代から50年に渡って、社会的な貢献度が非常に高い学校であることを伝えていました。そう言えば、チャールズ皇太子が訪問されている様子や、ネール首相からの言葉が記されてる塔が建っていました。
その後、国旗を先頭に全員で選手・コーチ・監督が行進しました。美紗が先頭で日本の国旗を持って先頭に立ちました。それから、IODAの大きな旗を各国から選手が一人ずつ、つまり12人で持って、掲揚しました。達也がこの旗の行進に参加しました。その後、インドの女の子達が学校で習っている、エアロビクスとインドの伝統舞踊2種類を披露してくれました。そのあと、シー・カデットでディナーをいただきました。
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パーティー、パーティー、パーティー毎日パーティーをしている様です。
昨日は宴会場で、今日はプールサイドでと、オフィシャル・デーが始まった途端にセーリングの方々は別行動で、という感じです。朝食も今までのイタリアン・レストランから、ライブラリー・バーになりました。

とうとう、レース初日。
今日から、がらっと雰囲気が変わり、昨日まで、簡単だった事が全てに書面でフォーマルにしなければなりません。気軽にものを尋ねる時間は、終わりました。午前中には、広島のチームレースの時にも見た、日本製の42条推進法についての注意のビデオが流されました。
シンガポールとマレーシアはダントツに早かったようですが、インドネシアと香港を含めて、D旗が揚がる前に出艇した事でレースコミッティーから抗議が出、第一レースはDSQとなりました。42条推進法も厳しくとられています。仲良しのウズベキスタンもひっかかりました。
日本は、第2レースで閲昌が、マレーシアがパドリングでスタートラインまで来ていた事について抗議しましたが、却下されました。

このレースのジュリーのヘッドは、インターナショナル・ジュリーのヘッドでもある方ですので、決定は絶対です。
この大会のスタンスはアジアの友好と、公平性にあるようです。子供同士の抗議は認めるが、監督・コーチの特に安全を怠るような行動については、厳しい判断が降りるようです。
主催者である、シー・カデット・コルプスが海軍士官学校の予備校(予科練)であることにも由来し、教育的見地という事を強調されています。OPはヨットの初級ですものね。当然か。日本チームも気をつけなくては、足元をさらわれます。実にイギリス的です。
12/29 レポート4
さて、軽い話。
譲が愛して止まない中国美人と、美紗のツーショットをとりました。彼女は、大人っぽい魅力があります。名前はルル。帽子なしの方が、もっと美人なんだけどな。

それから、これが、ホテルとハーバーとのシャトルバス。なぜか、網棚の代わりに、病院のベンチが逆さまに取り付けられているように、日本人の目には映るのです。荷物置いてもいいのかな〜。このバスのもう一つの違いは、運転席と、乗車席が完全に仕切られている事。街中のバスはイギリス式にダブルデッカーなのですが、これは日本と同じ一階建てです。発車往来の合図として、車掌さんがドンドン・ドンドンとバスのお腹を叩くのです。バックOKのサインもドンドン・ドンドン。さて、前を向いてバスが走り出すといつの間にか、バスの後ろにいたはずの車掌さんが飛び乗っているのです。驚きの素早さです。
あ。言い忘れましたが、この国のバスの扉は、走行中も開けっ放しです。日本では、だいたいドンドンは、おっと危ない止まれ!の時ですよね。いったい、おっと危ない止まれ!の時の合図って何なんでしょうね。

もう一つの写真は、お昼のインド飯の様子。ジャワハール訓練舟の中、つまり1階です。森本パパは実に「美味しいじゃないですか!」と田中監督とテンコ盛りにとって食事を楽しんでいます。
子供たちは、立て続けのカレー生活にちょっと胃がびっくり気味。森本パパの日本食救済に甘えて、明日は、お握りを持参しましょうっと。(出ました。過保護ジュニア炸裂!)
それから、あまりに美味しくて、写す前に食べちゃいましたが、今日のレース後のおやつはエクレアとチャイ(インド式ミルク・ティー)でした。シー・カデットの生徒さん達がブッフェを仕切ってくれています。お水やジュースも5ルピー(約10円)で買えます。

最後に2回もノーレースになってやっと成立した第1レースのスタートを送ります。
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レース初日の様子です。
美紗が良いところに付けています。第1レースは3〜4mの微風。第2レースは7〜8mの中風。
曲者は潮で、真ん中に海面に浮かんでいる大きなオイスター島(海軍基地)です。第2レースでダントツ1位だったシンガポールは1タックの一本コースでした。

アジア・セーリングはお隣の海軍のハーバーから出艇するようです。シンガポールのOPチームはそのまま残ると言っています。
毎日、テレビが取材に来ています。

ジャパン・チームのメールボックスにお便りが届きました。美紗のパパからでした。美紗にとってはサプライズな喜び!


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12/28 レポート
さて、クリスマスにケーキが届いた続きを・・・
日本人ジュリーの榛葉(ハシバ)さんも到着し、とうとう計測がはじまりました。日本チームは順調にパスしたのですが、ウズベキスタン・チームはセールが通らず、美紗の予備セールを貸してあげました。お礼にウズベキスタン製(?)ブランディーをいただき、美紗は白い熊の縫いぐるみをいただきました。
ウズベキスタンはイグとダニールの2人の男の子チームです。もう1枚のセールはインドから借りた様です。日本チームはアーリーアライバルのウズベキスタンと実に仲良くなり、コーチボートも、シェアすることになりました。

ウズベキスタンのチームリーダーのマルシェフさんは、あちこちオリンピックにも選手を連れて行っている様ですが、あまり英語は達者ではありません。コーチ兼実質チームリーダーのサーシュは20歳の背の高い男の子で、ウィンドサーフィンは解るけど、オプティは全然分からないとの事。国には、10艇しかオプティはなく、その内の2艇が代表として、来ているようです。
コーチのサーシュとダニール(15歳)は英語がペラペラです。特別に英語の勉強をしているようです。ダニールはお父様をなくしており、3人兄弟の真ん中だそうです。美紗のセールはイグが使っており、セールのおかげか、ボートスピードは悪くありません。美紗はイグのところに嫁に行くと言っております。

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12/25 レポート
ところで、今日は、練習から戻ってみると、日本にいる樋口パパからホテルのお部屋にクリスマス・ケーキが届いていました。なんと粋なはからい。ありがとうございます。
この国のクリスチャンは5%ですが、上流階級はブリティッシュ・インディアンで英国式の暮らしをしているそうです。ホテルも日本のように商業主義にのっとり、きょうは「ハッピー、クリスマス」とホテル・スタッフに声をかけられました。日本では、イブを祝いますが、当地では、クリスマスは25日です。でも24日には、レストランでは、インド人のサンタが子供と握手をして回りました。
女性がスカートをはいて、足を見せるのは、「特別な日」しかないらしく、24日のイブはスカートの女性をたくさんロビーで見かけました。もちろん、子供ですら、ミニスカはいません。
どうも、このホテルの裏は高級住宅地らしく、スーパーまで、門番つきのマンションが連なっています。先日行ったタージ・マハル・ホテル周辺のバザールとは違って、平和さが見られます。

昨夜は、ジャワー訓練舟では、インド式進水式をした様です。
お花のレイを舟のガンネルの前部分から垂らして、ココナッツの実を割って中のミルクを飲むのだそうです。(映像がなくて、ごめんなさい)
インドの子供は、「舟の神様」に捧げた花だと言っていました。日本のように多神教なのでしょうか?
インド・チームのコーチはイギリス人のピーターさんで、何かイベントがあると、イギリスから飛んでくるようです。日本チームのセッティングを見て、ダガーボード内の「敷居すべり」がいたく気に入ったようで、真似してベルクロをボンドで張っていたので、分けてあげました。もちろん日本の秘密兵器「敷居すべり」の本当の用途は秘密です。彼らは、日本製のヨット用品だと信じています。
私たちは、ウズベキスタン・チームに今日は、お世話になりました。海がご覧のように、泥水なのです。ですから、海から上がってくると、舟が泥だらけで、ウズベキスタンのチームが持っていた洗剤を貸していただきました。乾季のため、埃が舞い上がり、それが、海に落ちて、こうなったと考えられます。海から戻る時は砂がほほに当たるので、舟を運転してくださった当地の人ははじめから姿勢を低くしています。海に囲まれているのにもかかわらず、砂漠にいる様な砂埃。なのに、じっとりと湿気を含んでいます。
ジャワー訓練船では、みんなが実によく立ち働き、感謝の念に耐えません。荷物番のママたちは、ずっと座っていて、申し訳ない気持ちがしています。

ところで、ムンバイのヨットクラブはボンベイ・ヨットクラブで、インド門やタージ・マハル・ホテルの近くの繁華街の中にあるそうです。ラビさんも、もちろんこのクラブに所属しているようです。日本との最大の違いは、ヨットクラブのクラブハウスは繁華街の中心にあって、みなさんが、つどって、話し合ったり、寛いだりする場所であるとういう事です。今日はクリスマス・パティーが開かれているようです。これも、英国式と言えましょう。


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12/24 レポート1
本日は、舟の抽選で初めてハーバーに行きました。
軍用兵員輸送用トラックでスパー類と私達を運んでいただきました。ジャワーのコモドーはラビ・アフージャさんで、写真の銅像はこの方です。軍服姿の方とうつっている、白髪の方が彼です。これは、抽選会の様子です。ラジャさんは、琵琶湖の秋山さん(国際ジュリー)と20年来のブラザーな関係で、1981年に蒲郡であって以来のつきあいだそうです。秋山さんが引率してくださった、先日行われたアセアンでは、インドチームは日本チームと仲良くなった事を聞きました。
コーチとハグしている男性は空港やホテルにむかえに来てくださったシー・カデット・クラブの方です。歩道はいつも、工事中か屋台が占領しているので、みんな(私たちも)車道を歩いています。ちなみに、ヘルメットのガラスがないかわりにサングラスで乗っている人を発見したので、とりました。
ムンバイ3の写真集は福岡の高橋君の作品で、なかなかの腕前です。今日は、地元のスーパーを発見し、水をデリバリーしていただきました。なにしろ、暑いのです。
夜は初めてタイ料理に挑戦し、ずっと通いつめたなんちゃってイタリアンから開放されました。米を食べて、お醤油味の焼きそば風・米のフィットチーネを食べ、タイ・カレーを食べ、生き返りました。高橋さん、帰ったら、トムヤムクンに挑戦させてあげてください。インドでは、体調が心配なので、辛すぎるものは、帰国までお預けにさせていただきました。
昨日の昼にインド料理に挑戦した三好くんは、辛すぎて食べれなかった様です。ナンは北インドの料理で、南のほうには無いのだそうです。

レポート2
三好君がきのうの暑さの疲れか、ピリカラの料理がそこかしこにあるためか、3人部屋での気疲れか、朝、調子がよくなかったようなので、今日は寝かしています。ぐっすり眠っているので、心配ないと思います。
他のメンバーは初乗りにハーバーへ向かいました。きのうと、今日はアーリーアライバルなので、お昼が用意されていません。ホテルのイタリアンもどきのピザをもってママデリバリーします。



写真集1 12/23・15枚 12/24・12枚
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12/24 インドの埃っぽさが写っている写真、ノーヘル2人乗りとか、歴史的っぽいホーンテッドマンションとかがあります。